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今を仰ぐひまわり

心も頭も、感じるままに。そのままに。

曖昧さに答えなんて

本当の本当で言ったら、
どちらかに決めなきゃいけないとしたら、
曖昧なままにしておいてはいけないなら、
私は寂しいのだと思う。


それを真正面から見たら、
自分のものだと認めたら、
誰のせいにもしなかったら、
はっきりしないものになった。


無理して形にしなくていい。
強引に戦わなくていい。
でも逃げて隠れなくてもいい。


怖いものじゃないって事だ。


何を言っても何をしても誰かと似てしまう自分に、
どこに行っても誰といても完全になれない自分に、
そんなに呆れなくてもいい。
だってみんな似てるんだから。


大声で『自分らしい』って言ってる誰かの言葉だって、似ている所があるから胸に響くんだ。


寂しいのは、『自分だけが』と思うから。
言葉は悪いけど、あの人もこの人も大して変わらないって思えたら、
自分だけじゃなくて世界中を好きになれるんだと思う。
私自身、はやく、そしてもっとそうなれたらいいのにと願わずにいられない。


寂しさを曖昧にしておけるようになったのは、自分を異物だと思わなくなってきた証拠みたいで、少し安心したりした。

異物でもかまわないと思えてきたみたいで、少し嬉しくなったりした。


そんな私は異物でも何でもない、誰かと似ているようで違っていたい、でも何も変わらない、いたって曖昧な存在だ。

そしてその事が良いと思う日もあれば苦しくなる時もある、曖昧な日々を確かに送っている。