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今を仰ぐひまわり

心も頭も、感じるままに。そのままに。

そこには上がらない。

こんにちは。
今日は、よく繰り返す出来事について書かせて下さい。


最近、特に自分を大事に出来るようになってから、感情をぶつけたい人と接触することがとても増えました。

それは誰しもに、もちろん私にもある感覚だけれど、私が接触する人は『誰かのせいなんだ。自分の責任じゃないのに、こんなに自分だけ苦しいんだ』という人が多い様に思えます。

一度口を開くと、ずっといかに自分が大変かを延々と話し出します。
この頃は『ごめんなさい。私はあなたの苦しさを持つことは出来ないです。自分の悩みは自分でしか持てないと思います』と言える時も増えてきました。

やっぱり緊張したり怖かったりするのですが、『うわぁ〜〜……… 嫌だなぁ〜………』という、あのドンヨリした気の重さを、ずっと抱えているのがとてもとても苦しいんです。

以前の私なら言えなかった事です。
自分を受け入れる様になると、本当に色んな事が変わるなぁと思ったりしました。

その中で、1人もの凄く敵対心を出してくる人がいます。
とても迷惑な行為を始めからしていたので『すみません、それは困ります』と丁寧に伝えました。
初対面の挨拶の時とは豹変し、会うたびに威圧的な態度をとられる様になりました。

それでも迷惑さは減らなかったので、また直接伝えに行くと、『やってません』の一点張り。『はいはいそうですか』と薄ら笑いの対応で、その後も威圧的な態度、挨拶をしても無視、そして何も配慮なし、の事態が続いています。


暗く重いイライラを溜め込んでいる方の感情をガツンと受けて、それをクリアしていく様な、この感覚を繰り返すのはなんでだろうと考えていて、1つ、自分で腑に落ちる答えが浮かびました。


おそらく私は、真っ向から取り組み過ぎている。


1度始まってしまったら、全力で解決方法を考えなければならない。
そんな固定観念の様なものが私の中にありました。

何かアクションを起こされるという事は、土俵がそこにあるという事。
アレコレ仕掛けてきて、こちらが入って来るのを待ち構えているその土俵に、入らないと決める事も選択肢の1つではないかな、と思ったんです。


自分の思考回路にフォーマットがある気がしました。(書式や仕様の方のです。)


自分の中から出てくる感情に向き合う事はとても大切だけれど、
向き合わなければいけない=立ち向かわなければいけない。と思い込んでしまっている。


毎日の中でどうしても会ってしまう、接してしまう、一緒にいなきゃいけない、という場合も多々あると思います。
私も、その人は接触が避けられない時がある人です。

だけど、その人の態度がどうであろうと、
『その土俵には上がらない。』
『あなたと感情を交わらせない。』
『私はここでいる。』
悪く言ってしまえば、『罠には引っ掛からない。』
そんな風に思いながら自分の心の空間を守る。


何かをわからせたい訳ではないのに、分かり合えなくても構わないのに、相手のアクションを見ると飲み込まれてしまう。

相手にイライラしたり、頭の中で感情をぶつける事も、引き摺り込まれているのと変わらないのかもしれない、と気がつき、それだけでずいぶん気持ちが楽になりました。

相手の感情と自分の感情がごちゃ混ぜになっている感覚がすごく減りました。

状況に対してどんな効果があるのかは、すみません、不明です(笑)
これからまた、日々を過ごしてみます。


気がついていない、自分が自分を縛っているルールにもっと気づいていけたら、
きっともっともっと自由に、楽になっていくんだろうなと思ったこの頃でした。
まだまだまだまだ未熟者だなぁ…と思った今日この頃でした。


長くなってしまいましたが、読んでいただいてありがとうございました!